経済に関する話

最近は経済問題一色ですね。状況は大恐慌と比較されています。そして状況が悪化すると普段はあまり取り上げられない経済理論が取り上げられるようになります。大学時代がちょうどアジア通貨危機の翌年から日本の不良債権処理でテレビの話題が一色だった時期に重なっていたので、その時の状況から、また経済の本を熱中して読み始めるような予感がしています。


また、去年から債券や株式の基礎的な部分を勉強しなければならなくなったことから、利子、将来価値、利回り、配当、内部留保、成長率・・・とうんざりするような時間を過ごしていました。


こんな時、それに真っ向から立ち向かった人びとの話を聞きながら改めて今までやってきた計算の勉強をし直すと何かしら意義のようなものを見つけることが出来るようになります。


キーワードとしては、モモ、エンデ、シルビオ・ゲゼル、プルードン・・・
と同時に、このサイトでもよく取り上げた『ギリシア哲学と主観性』という本。


プルードンをウィキペディアで調べてみましたが、その中に「矛盾とともに生きる」という言葉がありました。どのような考えか読んでもいないので分かりませんが、なにやら深そうだという予感はします。


電車の中での読書のテーマになりそうです。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://naotaka.main.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/52

コメントする

2014年6月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

カテゴリ

このブログ記事について

このページは、Naotaka Uzawaが2009年3月 5日 22:40に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「『国家の品格』(藤原正彦、新潮新書)」です。

次のブログ記事は「『ギリシア哲学と主観性―初期ギリシア哲学研究』」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

このブログ記事について

このページは、Naotaka Uzawaが2009年3月 5日 22:40に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「『国家の品格』(藤原正彦、新潮新書)」です。

次のブログ記事は「『ギリシア哲学と主観性―初期ギリシア哲学研究』」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。