クラウゼヴィッツやトゥキュディデスの本などを読みながら国際ニュースを読み解きます。

2009年7月アーカイブ

危機を受けて各国で大量に通貨が発行されましたが、最近はインフレ懸念・財政健全化から来る出口戦略、住宅金融改革など通貨供給に影響を与える根本的な問題が浮かび上がってきています。恐慌を防ぐには、タイミングよく通貨を供給することが必要といわれています。しかし、1930年代の大恐慌時には中央銀行が通貨供給量を減らすタイミングを間違え不況が深刻化したという経緯があります。


さて、必要な改革ながら急激に進めてしまうと通貨供給量を急速に低下させ不況を深刻化させてしまう要素はどこにあるのでしょうか?


最も最近伝えられたニュースからは以下の点が取り上げられています。


①銀行


7月24日に行われた、米下院金融公聴会でバーナンキFRB議長は社名を公表しなかったものの約25社の金融機関が大きすぎてつぶせないと判断される可能性があると証言しました。そして、そのほぼすべてがFRBの監督を受けていて金融規制改革のもとFRBの権限を強化する必要があるとも証言しています。


②住宅金融


ガイトナー財務長官は24日、下院金融公聴会で住宅ローンの73%に関わっているファニーメイ(連邦住宅抵当金庫)とフレディマック(連邦住宅貸付抵当公社)について、「両社は米国の住宅ローン市場そのものであるため、いますぐに、しっかりとした判断を下すことはできない。しかし、両社は巨大なリスクであり、両者の損失を示すことはすぐにはできない。再建を来年まで延期する。」と述べました。



銀行・住宅金融とも構造としては大きな問題を抱えながらも、政府支援があり一応の小康状態を保っています。そして、FRB議長、財務長官ともその改革に二の足を踏んでいるのです。ここでは、通貨供給量と大恐慌の研究として大まかな歴史が記載されている『資本主義と自由』(ミルトン・フリードマン)から1930年代の大恐慌の流れを見てみましょう。





< 1929年~1933年の大恐慌 - 通貨供給量から見た流れ >

出来事

フリードマンのコメント

1929年

連邦準備制度、金融引き締めへ

「投機」を防ぐため

1929年
半ば

景気のピーク

FRBの金融引き締めが原因

1929年
10/24

株式市場の大暴落

企業の景気信頼感、個人の消費意欲に影響を与える。しかし、恐慌の直接的な原因ではない。

1930年
9月/10月
通貨供給量がピーク時から3%近く減少

「この時点では今後数年にも及ぶ大幅な景気後退が起こるとは予想できなかった。ここで通貨供給量の減少を防ぐ対策をするべきだった。」

1930年
11月
銀行の倒産が相次ぎ、取り付け騒ぎが起こる

1930年
11/11
ユナイテッド・ステーツ銀行破綻

当時最大の預金量を持つ全米最大の銀行。一般の人々はその名称か
ら国営銀行だと思っていたため、心理的な影響が大きい。 銀行の倒産
自体は大した問題ではないが、通貨供給量に与えた影響は大きかった。

1931年 連鎖倒産は収まり、景気への信頼感が高まる FRBは市中銀行への貸し出し、通貨供給量を緩やかに減少させ、
自律的景気回復を抑制させる。
1931年
9月
イギリスが金本位制から離脱 金の流出を防ぐため、公定歩合引き上げ。この結果、流出は止まったが市中銀行への通貨供給が減少し、銀行の倒産が再び発生する。(※1)
1932年 FRB、国債10億ドルの買い取り 恐慌の進行が一時的に収まるが、FRBはその後再び消極姿勢へ。
1933年 銀行の休業 FRBの設立目的を達成できず。 (※2)


※1 1927年7月から1933年3月の間に、通貨供給量は3分の1減少した。減少分の3分の2は、英国の金本位制離脱後に起きている。)


※2 取り付け騒ぎ→銀行の貸し剥がし・保有証券の売却・他銀行にある預金引き出し→証券債券の下落→健全だった銀行の破たん→取り付け騒ぎの悪循環を断ち切ること


この表から読み取ると「1930年9月あるいは10月の時期の通貨供給量の減少に対処」という部分は、今回の金融危機においてクリアしていると見るべきなのではないでしょうか?つまり、アメリカ国内だけの政策だけでみると恐慌の発生を未然に防ぐという点でうまくいっていると見るべきでしょう。


この観点から①銀行、②住宅金融についての発言を見ると、通貨供給量を今の段階で減少させるべきではないという意図が読み取れます。


しかし、大恐慌の原因の一因は、イギリスの衰退とも深く関わっていてアメリカ1国だけの問題ではなかったことが表から読み取れます。現在でいうと、ロシアや中国、そしてドルを決済通貨からはずす意図を持つ様々な国々の動きも考慮に入れる必要があります。

『原油価格の行方 - 中東情勢』シリーズ → | (5) | (4) | (3) | (2) | (1) |

さて、前回4月1日の記事から2か月が経ち、中東の情勢もかなり変化しています。今回も、4つの見方を軸として中東情勢を見ていきましょう。

見方1:地理的にイスラエルとアメリカを中心としたアフガニスタン駐留軍に挟撃される。→イランが不利。


今回も、この見方1から各国がどのような牽制を行っているか見ていきましょう。


見方2:アフガニスタンに駐留することになる膨大な兵力の補給線がイランと補給線近くに勢力があるタリバン勢力により圧迫されアフガニスタン駐留軍が非常に危険な状態に陥る。また、アフガニスタンを取り囲むような位置にある上海協力機構諸国が陰に駐留軍の活動を妨害する可能性がある。→イラン有利


6月15日、ロシアにて上海協力機構・首脳会議が開催されエカテリンブルク宣言が発表されました。ここでは、アメリカ、ドルに対抗する意味合いの話し合いがなされると共に、キルギスにおける米軍の拠点であるマナス空軍基地の存続が決定されたと報じられています。


キルギスは今年2月、米軍の中央アジア駐留を嫌うロシアからの20億ドルの支援と引き換えに米軍駐留の拒否を表明していました。しかし、3月27日、上海協力機構・アフガニスタン特別会合に日米が招待されるなど反米色の色濃い組織ながら微妙な動きがあったことから注目されてきました。


今回のキルギスにおける米軍基地の存続決定にはいくつかの注目すべき点があります。


1. 物資輸送センターを新設
2. 非軍需物資に限定される
3. 年間基地使用料が17億円から57億円へと約3倍に跳ね上がっている。


キルギスにおける米軍基地の存続は以下の点とあわせて理解すべきでしょう。


見方3:パキスタン経由の危険な補給線だけでなく、ロシア経由でアフガニスタンへの補給をする必要が生じ、対立してきたアメリカはロシアとの関係改善が必要になる。→イランが有利


米露は激しく対立しながらも、ロシアはアメリカに何かしらの譲歩を与えてきました。特に中央アジアにアメリカ軍が駐留することについて、ロシアはアメリカを完全に排除しようとはしていないという印象を受けます。


米軍が中央アジアに進出して以来、中国の新疆ウイグル自治区における暴動は非常に大規模なものになってきています。これは米軍の駐留と無関係だとは言い切れません。推測の域はでませんが、中央アジアにおける中国のライバルとしてロシアは近隣諸国(イラン・インド等)、アメリカをこの地域に関与させ、中国をけん制したいと考えていると思います。


このような情勢の中、7月6日米露首脳会談が行われます。ここでの注目点は2点です。


1. 戦略核弾頭の削減目標を盛り込む枠組み文書の合意
2. アメリカのミサイル防衛東欧配備計画に対するロシアの反応とアメリカの出方


ロシア側は、東欧に配備されるミサイル防衛網がイランに対してのものだというアメリカ側の説明を拒否し、あくまでもロシアに対抗するためのものだと考えています。MD網の配備は次にみる見方4と関連があります。


見方4:状況が不利になったイスラエルはアフガニスタンのイラン側を支援するため単独でイラン空爆。


7月5日、バイデン米国副大統領はイスラエルにはイランの核開発を阻止するために軍事行動を起こす「主権国家としての権利」があると発言しました。そして、「イスラエルは主権国家として、自国の最大の利益が何か自ら決定できる。ネタニヤフ政権が現行と異なる行動方針を決めても、それは彼らの主権の問題であり、われわれが選択したものではない」とも発言しています。


7月6日、イスラエルは潜水艦1隻を紅海での演習に参加させるためスエズ運河を通過させました。ニュースでは、イランにメッセージを送る意図があると書かれています。


しかし、米露首脳会談が同時に控えていることから、イランに直接メッセージを送るというよりもこの米露首脳会談に圧力をかける目的があるのではないかと考えています。つまり、イランを支援しているロシアにアメリカは譲歩せずMD網を東欧に計画通り配備してほしいというメッセージです。ロシアへの譲歩は、イランに対する軍事攻撃にエスカレートする可能性があるというメッセージとも受け取れます。


7月5日のバイデン副大統領の「われわれが選択したものではない」という発言は、イスラエルに対する牽制の意味が込められていると読み取れるでしょう。


米露間の関係改善は、見方3から必然的にイランを有利な立場に立たせてしまうためにイスラエルは牽制を行っていると見ることができると思います。


イラン・イスラエル間の関係は、前回記事を書いた時よりも切迫の度合いが高まっていると感じています。