クラウゼヴィッツやトゥキュディデスの本などを読みながら国際ニュースを読み解きます。

2004年10月アーカイブ

この懇談会の報告書が発表されました。しばらくこれを読みながら、感想や意見を書いていきます。ゆっくり読んでいくつもりです。まずは、「はじめに」から。


報告書の柱は2つあると書かれています。


①「脅威への水際での対処、外側で脅威の予防、火消しに努めることが重要。そのため、迂遠に見える国際平和協力が重要な自衛の手段たり得る」

 

以前、「日本の国境とは」で「海に囲まれた国の国境は、自国に影響を与える国々の軍事的に使用可能な港と空港、そしてミサイル発射基地である。」という文章を紹介しました。そして、自国に影響を与える施設を直接叩くことが出来る手段が必要だと思いました。つまり、相手の影響力が飛び立つところを使用不可能にするということです。


「外側で脅威の予防、火消しに努める」 ・・・ 日本は高齢化・少子化そして人口減少という事態に直面しています。第2次大戦の頃の日本の人口構成は非常に若く、国内がぼろぼろになっても立て直すことができました。しかし、今同じことになったら、敗戦後と同じスピードで国を立て直すことは難しいでしょう。


②「その意味で、迂遠なように見える国際平和協力が、重要な自衛の手段たり得る」 ・・・ この点についてはいろいろな気持ちが 混じり合っています。その理由の一つとして、以前紹介したペリクレスの演説のような考え方があるからです。(「国際関係とは?」)


 「われわれは親切を受けてではなく、こちらから親切を実行して 、友人を得る。恩恵を施す者の方が、施した好意を持ち続けて、相手からの感謝の念を保持しようとするがゆえに、ますます信頼される友となる。他方、恩義を受けた者の方は、親切を返す場合にも好意にはならず、当然の恩返しと見られることを知っているがゆえに 、むしろ疎略になってしまうものである。」(二巻40 ペリクレ スの追悼演説)


この演説は、私たちを安心させてくれるものではありません。恩義を受けた側が離反していくことが示されているからです。私たちは、多くの場合献身という自己陶酔にはまりがちで、自分のやっていることが実のところどのように自分たちに跳ね返ってくるか、分かっていない場合があります。( 『アメリカ外交5 0年』)


例えば、国際平和協力において重要な基準である「中立」。実現はとても難しい。見て見ぬ振りをするのではなく、割って入って行動する中立です。結局、 何について中立かというと、例えば停戦ラインの監視という中立を考えてみると、現状維持派からは中立で、現状拡大派からは中立ではなくなってしまいます。結局、 片方からは恨まれ、テロの温床になる可能性も考慮したほうがいいのではないかと思います 。


内政不干渉という原則は場合によっては非常に冷たい原則ですが、その価値も考慮するべきなのではないでしょうか。国際平和協力において重要なのは、「国家の安定と永続は、軍事力によるものばかりではない。他国がわれわれをどう思っているかの評価と、他国に対する毅然とした態度によることが多いものである。」(ヴェネツィアのバルバロ大使)という文章の、「他国がわれわれをどう思っているかの評価」という部分に貢献する活動を選ぶことが重要だと思いました。


という具合に、非常に細切れに しながらゆっくり読んでいこうと 思っています。この報告書を読み ながら、自分の理解を深めていこ うという趣旨です。



前回は日本の今後の2つの行動指針を考えてきました。今回は具体的に世界をどう認識しているか、「第1部・新たな日本の安全保障戦略」の「21世紀の安全保障戦略」という部分に注目して考えていきます。


まず、 国家対国家と国家対非国家主体の争いを分けすぎている印象を受けました。ソ連崩壊後、私たちが直面した事態は国家の支配力が弱まったために非国家主体の脅威が生じたというものです。つまり、「冷戦終結後の主要な軍事紛争の根源」は国家の崩壊から生じてきたという認識です。


私たちは、その事態に対し国家の力をどうしたいのか?再度、国内の支配力を強めさせるのか、それとも自国にとって有利な国だけを支援するのかという部分に考えを向けるべきだと思います。この考えの核心部分はロシアがソ連時代に支配していた周辺諸国をどうするべきなのかです。


東欧諸国はEUに組み込まれ、 ドイツの影響力が増大しています 。問題は中央アジア一帯とロシアの国内体制をどのように評価していくかという部分だと思います。 この地域がどうなるか、あるいはどういう形にさせたいかによって、日本の安全保障環境は大きく変化すると思うのです。テロを撲滅することと 、その発生の根源を改善すること 、この2つは対立しているように見えますが、あまり重要な対立だとは思えません。このような論争は国内の政治勢力の権力獲得手段として利用されているだけであり、本質的な議論とは思えません。それよりもこの地域を将来新たに生まれる世界秩序の中でどのように位置づけていくかが重要だと考えます。


次に、「世界の中での日本の役割や地政学的条件を考慮しておく ことも重要である。」という部分 について。以前の記事で牛丼食べたい!(日本の国益の性質 )というものがあります。この記事の問題意識は、「現在の日本が経済的な利益を軍事力が及ばない範囲にまで広げている。これをどのように守るのか?」というものでした。


 報告書では

「日本は、資源やエネルギーの大半を海外に依存し、グローバルな通商活動により繁栄を維持している世界第二位の経済大国である。毎年1,000 万人を超える日本人が海外を訪れ、約100万人の日本人が海外で生活している。 このように、日本は世界的な相互依存の上に今日の繁栄を築いているが、そのことは逆に世界各地の 混乱から日本が影響を受けざるを得ないことを意味する。冒頭で述べた地球大で進む安全保障環境の変化は、このような世界的に行われる日本と日本人の活動に大きな 影響を与えている。日本の近くでの脅威に加え、遠方での脅威についても考慮しなければならない所以である。国際安全保障は、かつてなく地域的限定をこえて一体化する傾向を示している。(相互依存については、 不足が辿る道という記事に書きました。)

と書かれています。「一体化する傾向を示している」というよりも 、私たちは世界中から利益を引き出すことによって世界との結びつきが深化し、あらゆる事態が直接日本に響いてくるようになったということでしょう。


 そして私が書いた記事では

  1. 1人だけのものではなく全員が関係している重要な利益だから、ある特定の理想等によって、 それを放棄する訳にはいかない。
  2. 強制力を持たない限り、それを維持するのは難しい。
  3. 外交の基礎に軍事力がない限り、駆け引きだけで維持するのは、まるで宝くじを生活の基盤にするのと同じことだ。

 

と私は書きました。この考えの弱点・注意点が報告書に書かれています。

「これらの目標を達成するために、どのようなアプローチがあるだろうか。まず考えられるアプローチは、日本自身が行う活動である。ただし、安全保障に関 してすべてを独力で行うというアプローチは、もはや適切ではない 。かつて「国防を全うするに足る 兵力」を求められた時代もあったが、第二次世界大戦後の世界においては多くの国々にとってそれは不可能に近い。また、それをあえてすることは、安全保障のジレンマを生み出しやすいという欠陥も ある。したがって、他国との協力というアプローチを組み合わせることが必要となる。これは次の二通りに分けて考えるのが適切であ ろう。すなわち一つ目は、利益や価値観を共有する同盟国との協力というアプローチ、二つ目は、国際社会全体との協力というアプロ ーチである。」

という部分です。(第1部2、統合安全保障戦略)


「日本自身が行う活動」はどのような範囲なのだろうか。報告書の文を読む限り、世界の勢力争いの場の中で非常に甘い考えを抱いているように思えます。安全保障という思考をする限り、限界まで努力するという前提がなければ何も守れないでしょう。


 続きます。



前回は、「冷戦終結後の主要な軍事紛争の根源」は国家の崩壊から生じてきたと考えました。今回は第2部3の「国際平和協力の推進」を考えていきたいと思います。


まず初めにペリクレスの演説について考えておきたいと思います。ここでは、


「われわれは親切を受けてではなく、こちらから親切を実行して、友人を得る。恩恵を施す者の方が、施した好意を持ち続けて、相手からの感謝の念を保持しようとするがゆえに、ますます信頼される友となる。他方、恩義を受けた者の方は、親切を返す場合にも好意にはならず、当然の恩返しと見られることを知っているがゆえに、むしろ疎略になってしまうものである。」(二巻40 ペリクレスの追悼演説)


「これは私たちを安心させてくれるような考えではありません。結局、恩義を受けた側は私たちから離れていってしまうということを暗示しているような気がしてならない」、と書きました。


また、ジョージ・F・ケナンの著作から影響を受けて、


私たちは、多くの場合献身という自己陶酔にはまりがちで、自分のやっていることが実のところどのように自分たちに跳ね返ってくるか、分かっていない場合があります。(この点では、援助に対し無条件の賛辞を言わざるを得ない学生や若い人びとに対し、援助の持つ戦略的な意味も考えてもらえるような教育が必要だと思います。)


とも書きました。


 上記のことをしっかり考慮しながらも国際平和協力を考えるときは、

  1. 「他国がわれわれをどう思っているかの評価」に貢献する活動を自主的に選ぶべきだということ
  2. 自国の資源を他国のために使うとしても、ある程度度量の大きさを示す必要がある

という2つを頭に入れておこうと思っています。


 国家の崩壊では、軍事力・警察力の崩壊について対策が必要となります。報告書では、2.3.(2).エに「現地警察の育成」が盛り込まれています。報告書のこの部分には、軍事力の育成は盛り込まれていません。私は将来、これを盛り込むべきだと考えます。「カ.国際平和協力のための一般法の整備」に書かれている「国民的合意」という部分に関連して、9条改正の時にはこの軍事力の育成についても議論を広げていくべきだと思います。また、これを武器輸出と関連付けることも重要だと思いました。


さて、支援する側は、外からの圧力・介入を排除するために、軍事力を育成しなければなりませんが、同時にその軍事力が自国にとって不利な動きをする可能性も考慮しなければなりません。日本国内でよく議論されている「必要最小限度」という考え方はこのとき重要なものとなります。問題は、大量破壊兵器の拡散で、この必要最小限度がどんどん引き上げられている点です。


また、日本はどのような形で軍事力の育成に関わっていけるだろうかという点にも関心が広がりました。軍事力の育成は、武器使用権限の拡大が書かれている部分よりも日本が敗戦後に持った価値観と実は共鳴する点が多いと思うのです。国家再建において、その国の国民に銃を向けるのではなく安定に向けた着実な一歩として。なぜなら国家再建とは、自国民の自立・貢献によって成り立つものだと思うからです。


 例えば、その国の有為な人材が日本の軍事教育機関に留学できるようにしたり、現地で組織・訓練のノウハウなどを伝えることも出来るはずです。そこで培われた人脈によって、「オ.要員の安全確保」に書かれている「情報収集・共有のための体制」を強化することが出来ますし、遠方での脅威に対して、海外にいる日本人の安全を図るために役立てることも出来ると思います。また、これは日本の世界における政治力にも貢献するものだと思います。


国家再建における日本に相応しい協力とは何か?私は国家再建の中核部分に日本が入り込めるようになるべきだと思いました。



今日は、第1部2の「統合的安全保障戦略」について読んでいこうと思います。

簡単にまとめると、

「2つの目標に対して3つのアプローチがある。安全保障戦略には6つの活動領域が生じる。実践にあたっては、あらゆる面で統合性を確保する必要がある。適切な政策方針を策定する意思決定の中枢的機能として、安全保障会議をしかるべく活用し、中長期的な安全保障の戦略中枢として、6つの構成要素をどう関連させ、どの組織にいかなる役割を課すかを決定すべきである。」

ということでした。


 2つの目標は、

  1. 日本防衛
  2. 国際的安全保障環境の改善による脅威の予防

3つのアプローチは、

  1. 日本自身の努力
  2. 同盟国との協力
  3. 国際社会との協力

2つの目標に対してこれら3つのアプローチがあって、6つの活動領域が戦略概念としてある。と書かれています。


 (1)日本防衛における日本自身の努力
 報告書では、「いかなる安全保障政策においても、根幹となるのは自らが行う努力である。」と書かれています。では、どんな努力が必要なんだろう?報告書と同じ意見になる場合でも、違う考えになる場合でも出発点はここからということになります。


 (1)の目標は、「日本に対して脅威が直接及ぶことを防ぎ、もし及んだ場合にもその損害を最小限にくいとめることである。」と書かれています。ここでふと思いついたポイントは、日本、脅威という概念についてです。

 

日本という概念については、
「海に囲まれた国の国境は、自国に影響を与える国々の軍事的に使用可能な港と空港、そしてミサイル発射基地である。」と書きました。

 

日本の領土、領海、領空の外に対応するべきものがあります。報告書に書かれている目標は、戦争の初期において随分と追い込まれ主導権を失っている状態のように思われます。防御はもともと力関係が不利な側が採用するものですが、防御の姿勢において勝った場合、攻撃に転じることになります。その場合目標となるのは、海外の港、空港、ミサイル発射基地ということになると思います。


 もし、日本の存在を永続化させる国民的な合意があるならば、占領された場合のことも考えておかなくてはなりません。この場合、同盟国に海軍・空軍を避難させ逆に上陸させることを考える必要があります。


 私たちが、「根幹となる自らが行う努力」を考える場合、このような種々の事態に対処できるものでなければならないと思います。概念上考えられるところから努力すべき上限ができて、相対的な力の計算、自国の限界から私たちが達成できるラインが出てきます。そして、上限との差を政府は素直に認めなければならないでしょう。(そして、安全保障というものはこの上限を簡単に受け入れることでは他国は十分な努力をしているとは認めてくれないでしょう。)

 

ここから先が、同盟国を選定する作業です。ただ、同盟国とは別の国のことなので協力が消極的だったり拒否される場合もあるでしょう。この時、抗議はするべきですが、支援するかどうかの決定権は同盟国側にあるのでどうしようもありません。また、同盟を選択するということは自国に不十分な部分を認めたということなので、同盟国からの干渉も発生するはずです。

 

現在の日本は、この部分で大規模なモラル・ハザードが発生しているものと考えられます。


私は努力のあり方についてはこのように考えています。そして、この目標に沿う形で運用されるものは「他国に脅威を与えるようなもの」ではないと考えます。


続きます。



『脅威とは』


 脅威とは、能力がありそれを実行する意図があることです。能力があっても意図が無い場合、意図はあっても能力が無い場合、これは概念上は脅威とは言えません。ただし、政治的に「私たちにとっては脅威だ。」と使う場合があります。報告書にある「脅威」は、この政治的な脅威のことを指していると思われます。


 現在は、直接侵攻される脅威よりも「影響力」という巧妙でじわじわと効いてくる事柄をより重視しなければならない時期にあります。イデオロギーという対立よりも短期的な経済的利益のほうが国内が分裂する大きな原因になる気がします。(大陸周辺の島


 この記事では、経済と政治的な地位の間に対立があることを書きました。片方だけを重視することは間違っていると思います。政治的な地位だけを重視すれば、維持不可能なほどの軍事力を抱え込み破綻してしまいます。かと言って経済だけということになれば、いずれどこかに吸収され、私たちが持っていた言語、価値観はなくなってしまいます。そうなれば、生きる目的を失い自暴自棄に陥ることになります。


 結局、この問題意識においては、ゆるやかな形で政治が経済を主導するということなのかもしれません。具体的に言うと、海外に進出する企業などに対して、問題が起こったときに独力では手に負えない地域を示すことだと思います。


 日本はアメリカとの同盟によって、独力では手に負えない地域にまで進出しています。報告書に書かれている問題意識は、ここにあるような気がします。そして、イラク派遣の意義の1つとしてこのような問題意識があったんだろうなと思いました。


 そして、「安全保障のジレンマ」と関連して、イラクに派遣することによって早くも日本周辺地域を担当する軍事力に余裕がなくなっています。現場は、酷使といわれる情況に近いと思われます。また、よく話題にのぼる「中国の軍拡」は日本が気にしているような「安全保障のジレンマ」とは関係なく進んでいるのですから。


 そういう点から言って、日本は「多機能弾力的防衛力」の中に、海空軍力の拡張を入れるべきだと思いました。「根幹となる自らが行う努力」、現在は米軍の再配置における太平洋地域の海空軍力の増強という形でなされています。ちょっと、問題があるような。。。


 次回は、核兵器について考える予定です。



『核兵器・同盟国』


 私は以前、「日本の国境とは」において核兵器に関する意見を書きました。核兵器を考えることは、日本の置かれている立場や問題点が如実に浮き彫りにされると感じています。特に書きづらいと感じるところほど重要な問題が隠されています。そして、結局のところ日本がしっかりとした安全保障政策を考えられるようになることは、国際関係における現状変革の立場を表明することにつながるものだと思いました。


 現状変革に摩擦はつきものです。摩擦をできるだけなくす努力が必要なんだろうなぁと思いました。


 上記の記事における問題意識は、

①独立国として、日本が生きていく覚悟があるのかどうか?
②日本国内の政治体制(自由、民主主義)を、維持できるかどうか?
③反米という雰囲気に流されず、アメリカとの同盟を続けていくことができるかどうか?

というものでした。


 しかしまず、現在の日本は実際には支配されているのに、まるでそれを自ら選択したように自分を納得させている傾向があることを思い起こしておきたいと思います。子供のしつけではそうすることは重要で必要ですが国家間関係においては必要が無いように思います。


 これと関連して、6つの戦略要素のうち2つめの、(2)日本防衛 ― 同盟国との協力では、「日米安全保障条約に基づく日米同盟こそ、このための恒常的制度である」と書かれています。冷静に考えれば、他国との同盟は恒常的制度ではありません。本来は必要に応じて関係を変えていくものです。


 ここで、アメリカが形成している同盟は、ある一つの国が強大になってしまうのを防ぐためのものではないことをしっかりと認識することが大切だと思いました。その中で、同盟を維持・発展させるということを両立するには、相当の軍事的努力が必要になります。考えるべきポイントは、非常に単純ですが政治的地位と経済的利益の両立です。


 前回の記事では、

「根幹となる自らが行う努力」、現在は米軍の再配置における太平洋地域の海空軍力の増強という形でなされています。

と書きました。


 多分この流れでは、政治的地位を保つことはできないのではないかと思いました。ちょっと変な言い方ですが、政治的地位を保つには報告書にある「米国による拡大抑止」(7ページ)をもっと補完する必要があると思います。では、どのような補完が必要なんだろうか?私は、政治的地位を保つのに必要な程度の補完だと考えます。


 どんなに弾道ミサイル防衛が発達したとしても、その網から抜けて数発が日本のどこかに当たることは覚悟しておいたほうがいいように思われます。当然、その時は反撃しなければならないでしょう。私は、情報体制の整備と準備されつつあるミサイル発射基地の破壊の方が有効な手段だと思います。その点では弾道ミサイル防衛の意義は、新しい技術の開発なのではないかと思いました。


 様々なニュースで、米軍の再編が取り上げられています。今回の米軍の再編において重要なのは機動力を活かすということです。しかし、どんなにそれが活かされても、核一発で空母等の動きが妨害されては意味の無いものとなってしまいます。弾道ミサイル防衛の最も重要な意義は、この機動力の補完なのではないかと思っています。


 日本はそれを直接領土の安全のために利用しようとしているわけで、兵器本来の目的とは違った利用をしようとしているのではないかと思いました。「根幹となる自らが行う努力」のなかに海空軍力の拡張を入れ、その機動力を補完する意味で弾道ミサイル防衛を入れるべきだと感じています。


 次回も同じテーマです。



『軍事革命(RMA)』


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041014-00000014-san-int
米軍、イラク進攻前線では...IT"不発" 有力シンクタンクまとめ


軍人は一般的に言って、最先端の兵器よりも長年使い慣れてきたものを好むといわれています。アメリカの場合、昔よりも自動化された兵器がどんどん投入されているはずです。


IT化された兵器は、非常に単純に言うとダウンしてしまえば使えなくなってしまうわけで、使えなくなれば昔ながらの方法を取るしかなくなってしまいます。陸軍ならまだ、挽回は可能かもしれませんが、空軍ではそのダメージは大きくなるものと考えられます。


現在読んでいる、安全保障と防衛力に関する懇談会の報告書でも、26ページにおける「防衛力の質的水準の維持」のなかで、この情報通信技術をより取り込んでいく姿勢が示されています。具体的には、28ページの「カ.情報通信機能」において、「民間との交流や汎用の製品・技術の活用を通じ、絶え間なく進歩する情報通信技術に対応していく必要がある。」と書かれています。


そして、13ページでは、「民間企業のノウハウも参考にしつつ、最新の情報技術を活用し、指揮命令系統の柔軟な見直しを行い、適切な教育・訓練・整備計画を実施していけば、規模を拡大することなく、数多くの機能を果たすことは可能である。」(第1部3、新たな安全保障戦略を支える防衛力 - 多機能弾力的防衛力)と書かれています。


 また報告書では、「基盤的防衛力の考えを見直すということは、それ以前の脅威対抗型の所要防衛力の考え方に戻るということではない。軍事的脅威に直接対抗するのではなく、自らが力の空白となって周辺地域の不安定要因とならないよう一定規模の防衛力を保有するという基盤的防衛力構想の有効な部分は継承しつつ、さまざまな脅威に現実に対処しうる実効的な防衛力構想が求められている」と書かれています。


 どうなんだろう?


兵器の有効性は実際の戦闘において試されないと本当のことは分からないということが、上記の記事からうかがえます。報告書では、「軍事的脅威に直接対抗するのではなく」と書かれているので、導入した兵器が有効かどうかは実際に戦闘を行ったアメリカ軍から仕入れてこなければなりません。


「非常に効果的な」と銘打ったものが、次々と導入されても、実際に危機が起こったとき役に立たない場合があるかもしれません。日本の兵器の体系は、アメリカから導入している場合が多いと思います。また、これからは日本の民間企業からも導入されることが書かれています。


保有している兵器の有効性をとことん自国で検証できる仕組みと、税を投入して購入するのですから、技術の選別は厳しい基準で行われなければならないという2点が必要だと感じました。